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小判は職人の手で1つ1つ作られていました。
↓ 制作工程をご覧ください。↓
金座絵巻(小判製造過程)… 延金場(のべがねば)
金座絵巻は、江戸金座における小判の製造の様子を描いた絵巻物です。
金座絵巻(小判製造過程)… 分棹裁切場(ぶざおたちきりば)分棹改場(ぶざおあらためば)
小判の幅に延ばした金の細長い板(これを分棹という)を切断し、その重量を秤る。
金座絵巻(小判製造過程)… 小判荒造場(こばんあらづくりば)
切断した金の板を打ち延ばし、炉の火で焼いて軟らかくし、小判のだいたいの形をつくる。
金座絵巻(小判製造過程)… 槌目場(つちめば)・端打場(はたうちば)
鉄床(かなとこ)の上に小判をのせ、表面に槌目を打ち、
小判を重ねて側面を木槌で打ち、形を整える。
金座絵巻(小判製造過程)… 色付場(いろつけば)
砂で磨いた小判の表裏に、各種の和剤を塗って炉の火で焼き、
食塩を入れた桶の中で磨擦し、水で洗浄して金色を表面に浮かせる。
金座絵巻(小判製造過程)… 出来金改所(できがねあらためじょ)
小判の形状、量目を検査し、形の不整なものを除き、表裏の極印を改める
慶長小判・元禄小判・宝永小判・享保小判・
元文小判・万延小判
江戸時代、徳川家康が、全国に通用させることを目的として、
慶長6年(1601)に初めて鋳造した金貨。
関ケ原の戦(1600年)に大勝した徳川家康は、
幕府開設に先立ち金座・銀座を設けて貨幣を鋳造されました。
金貨としては小判と一分金が鋳造され、単位には
甲州金で用いられていた両・分・朱が採用。
その後元禄8年(1695)に最初の改鋳が行われ、
以後万延元年(1860)に至るまで約8回にわたって改鋳が行われました。
日本の歴史は「技」光っていますね。
LiVESジュエリーも更なる向上を目指して技術を磨きます!
日本銀行金融研究所・貨幣博物館にて一部引用しております。
今回のblog通信:ほっちゆきえ
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